森永ヒ素ミルク中毒事件
森永ヒ素ミルク中毒事件は、1955年に主に西日本で発生した食中毒事件。森永乳業が製造した缶ミルクの添加物がヒ素を含んでおり、これを飲んだ乳児などが大量に砒素中毒になり、死亡者も出た。1956年の当時の厚生省の発表によると、被害者の数は、12,131人で、うち死亡者130名。
一審は森永側全員無罪というものだったが、検察側が上訴。刑事裁判は1973年まで続くが、判決は森永側の責任を認めるもので、元製造課長が実刑判決を受けた。
一審の判決が衝撃的だったため、被害者側は民事訴訟を断念。しかし、のちに後遺症問題が明らかになり、被害者、厚生省、森永乳業の話し合いにより、1974年、財団法人ひかり協会が作られ、被害者を恒久的に救済し続けている。
外部リンク
ひかり協会
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