東京大空襲
東京大空襲(とうきょうだいくうしゅう)は、アメリカ軍により行われた空襲のうち、1945年(昭和20年)3月10日と5月25日東京で行なわれたものをこう呼ぶ。
特に、3月10日未明のB-29爆撃機344機による爆撃は、40km2の円周上にナパーム製高性能焼夷弾を投下して東京の住民が逃げられないようにした後、東京下町地区を中心にその円の内側を塗りつぶすように約100万発(2,000トン)もの油脂焼夷弾、黄燐焼夷弾やエレクトロン焼夷弾が投下された。
8万人以上が犠牲になり、焼失家屋は約27万戸に及び、東京の3分の1以上の面積(40平方キロメートル)が焼失した。
カーチス・ルメイ少将の指揮による対日戦略爆撃の一環であったが、戦後ルメイ少将は航空自衛隊の育成に貢献し、1964年(昭和39年)日本政府から勲一等旭日章を授与されている。
日本側の戦意をくじくため、全国各地で空襲が行なわれ、その結果、多くの一般市民が虐殺された。非戦闘員に対するこのような行為は、明らかな戦争犯罪であるが、極東国際軍事裁判がおもに戦勝者による裁判であり、日米安全保障条約の効力下では、アメリカ合衆国側の非を唱えにくいのが現実である。