東村山郡
世界 > アジア > 東アジア > 日本 > 山形県 > 東村山郡東村山郡(ひがしむらやまぐん)は、山形県の郡。以下の町を含む。 中山町(なかやままち) 山辺町(やまのべまち)
歴史
東村山郡のあった地域は、初め、陸奥国最上郡に含まれる地域だった。
716年、東村山郡のあった地域は、最上郡として出羽国に加えられた。
886年、出羽国最上郡が二分され、村山郡が誕生した。
1868年、国郡制では、東村山郡のあった地域は、村山郡の一部であった。
1878年、郡区町村編制法の制定に伴い、村山郡は東西南北の4つに分割され、東村山郡が誕生する。
1890年、郡制により郡会が置かれる。(1921年廃止)
1923年、郡役所が廃止となる。
1942年、地方事務所が設置され、南村山郡とともに、東南村山地方事務所の管轄となる。
2001年、東南村山地方事務所は、北村山地方事務所、西村山地方事務所及び村山支庁と統合され、山形県の村山総合支庁の管轄となる。
消滅の可能性
東村山郡は、明治に制定されて以後、山形市や天童市の市制施行、及び市町村合併による市域の拡大により、その範囲が減少している。昭和の大合併を経て、中山町と山辺町のみとなるが、現在行われている平成の合併では、両町とも山形市との合併が話し合われており、1982年に消滅した南村山郡と同様に、東村山郡も消滅する可能性が高い。(消滅した郡の一覧を参照)
郡役所
東村山郡役所は、郡区町村制に伴い当時の天童村(現在の天童市五日町)に設置される。1890年には、郡制が敷かれ郡会が置かれるが、1921年郡制が廃止され、1923年には郡役所も廃止される。東村山郡役所の建物は1879年に建てられ、山形県に残る最古の洋風建築として、天童市の資料館として利用されている。