未来派
未来派(みらいは)とは、芸術における伝統的な美の概念を拒絶し、機械に象徴されるような文明の産物や、事物の動きそのものをテーマに掲げ、新たな表現の世界を切り開こうとした芸術運動のこと。1909年にイタリアの詩人フィリッポ・トンマーゾ・マリネッティ (Filippo Tommaso Marinetti; 1876-1944)によって起草された「未来派宣言」がその発端である。未来派の主要な芸術家・美術家としては以下のような人物が挙げられる(すべてイタリア)。 ジャコモ・バッラ (Giacomo Balla; 1871-1958) ジーノ・セヴェリーニ (Gino Severini; 1883-1966) ウンベルト・ボッチョーニ (Umberto Boccioni; 1882-1916) ルイジ・ルッソロ (Luigi Russolo; 1885-1947) カルロ・カッラ (Carlo Carra; 1881-1966) フォルトゥナート・デペーロ (Fortunato Depero; 1892-1960) エンリコ・プランポリーニ (Enrico Prampolini; 1894-1956) アントニオ・サンテリア (Antonio Sant'Elia; 1888-1916) マリオ・キアットーネ (Mario Chiattone; 1891-1957)
産業革命以降、ヨーロッパでは封建社会から資本主義社会への転換が行われ、それと共に様々な価値観が劇的に変化していった。また、科学技術の進歩により、戦争に人間を大量に殺戮する「兵器」が投入されるようになっていった。
旧来の価値観の変化と、それに伴う社会不安を背景にし、19世紀末頃より「表現主義芸術」が興隆し始める。
未来派は、表現主義芸術の影響を受けつつも、もっと純粋に、ある意味肯定的に、近代文明の産物や、機械の登場によって生まれた新たな視点を、芸術に取り入れようとした。
未来派の画家達は、今で言う高速撮影の連続写真のように、主題となる対象物の動きを一枚の絵に同時に描くことで、運動性そのものの美を描こうとした。ルイジ・ルッソロは、テクノミュージックやノイズミュージックの原点とも言える「騒音芸術」を創造した。
未来派の芸術家たちの一部はやがて、首唱者のマリネッティを筆頭にファシズムの政治運動と結びついていった。ファシズムと彼らとの間には、機械を礼賛するという共通項があった。その過程において、思想的矛盾やファシズムへの反発などにより芸術家達の離反を招き、未来派は崩壊していく。
未来派の芸術運動は、その後のロシア構成主義芸術や、ダダイズム、後のキュビスムの画家達、現代音楽や演劇・バレエなど、様々なジャンルの前衛芸術家達に影響を及ぼした。一部の芸術家がファシズムと結びついたことで、正当な評価を受けづらかった時期もあったが、現代においては、工業的テクノロジーを芸術に取り入れた先駆性なども再評価されている。
日本にも未来派の唱える芸術運動は波及し、美術家や文学者に影響を与えた。主なものとしては、大正9年(1920年)に未来派美術協会を設立した普門暁(ふもん・ぎょう;1896-1972)の作品などがある。
未来派宣言よりの引用
『・・・うなりをあげる自動車は、<<サモトラケのニケ>>よりも美しい。・・・』(未来派宣言(1909年)より)
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