三浦梅園
三浦梅園(みうら ばいえん、享保8年8月2日(1723年9月1日) - 寛政元年3月14日(1789年4月9日))は江戸時代の思想家、自然哲学者。大分県東国東郡安岐町の出身。条理学と言われる独自の学問体系を築いた『玄語』が有名。主要著書としては、他に『贅語』『敢語』がある。これらは、梅園自身によって「梅園三語」と命名された。この三著作が梅園の思想の骨格をなすのである。このうち『贅語』と『敢語』は完成したが、『玄語』は37年の歳月を費やして、ついに完成できなかった。
長らく23回目の改訂稿本である「安永本玄語」と24回目の改訂稿本である「浄書本玄語」を編集して全8冊としたものが完成された『玄語』であると思われてきたが、これは誤りである。
全8冊はそれぞれ「本宗」(ほんそう)「天冊活部」「天冊立部」「地冊没部」「地冊露部」「小冊人部」「小冊物部」「例旨」と名付けられている。編集を受け付けない難書であるが、コンピュータを使った解析で徐々にその全貌が示されつつある。
記述が甚だしく複雑で、独自の用語を用いている上、その用語の定義を自己自身の内部で行うというきわめて特異な性格を持っている。
地元安岐町に梅園自身が設計した旧宅があり、近くには宿泊施設、キャンプ場、天文台、梅園などが整備された梅園の里があり、設備の完備した資料館に膨大な自筆稿本類すべてが保存されている。