会津戦争
会津戦争は、戊辰戦争において陸奥国の会津藩周辺地域で行われた一連の戦闘のことである。会津藩主松平容保を敵視する明治新政府は、1868年、東北諸藩に会津藩討伐を命令。反発した諸藩は越後国の諸藩と奥羽越列藩同盟を結成し、新政府軍と対抗するが、北越戦争は同盟軍の敗北に終わり、越後口や白河口(関東地方から東北に入る道)から進軍を許した。
白河口を突破し二本松藩を降した新政府軍は、旧暦8月21日(西暦10月8日)の戦いで会津藩軍を破り、8月23日(10月10日)に会津若松城下に突入、城下町に火を放った(白虎隊が集団自決する事件が起きたのはこの時である)。
会津藩は若松城に篭城して抵抗を続けたが、旧暦9月に入ると会津より北の同盟側有力諸藩の降伏が相次ぎ、孤立した会津藩は9月22日(11月6日)、新政府軍に降伏した。東北諸藩で最後まで抵抗した庄内藩が降伏したのはその2日後である。