池永正明
池永 正明(いけなが まさあき\、1946年8月18日 - )は、山口県豊浦郡豊北町生まれの元プロ野球選手。下関商から1965年、西鉄ライオンズに入団。1年目から20勝をあげ新人王。故障しリリーフに廻った稲尾の跡を継ぎエースとして台頭。67年には23勝で最多勝のタイトルを獲得、入団5年間で99勝をあげ間違いなく200勝以上すると思われた。しかし69年シーズンオフに黒い霧事件が明るみに出、池永は八百長行為こそしなかったが依頼金を受け取ったことで矢面に立たされた。70年5月25日のコミッショナー裁定により、池永は永久追放処分。その後、現在まで処分取り消しを求める署名活動等の運動が幾たびにも渡って行われているが、復権には至っていない。現在は福岡市(福岡県)の繁華街・東中州でバーを営む傍ら、プロ野球マスターズリーグの福岡ドンタクズに投手として参加している。