日本人拉致問題
日本人拉致問題(にほんじんらちもんだい)は、1977年から1983年に掛けて、多数の日本人が北朝鮮特殊機関の工作員などにより極秘裏に北朝鮮に連れ去られた問題。 日本政府が認定した拉致被害者は15人(男性7人、女性8人)で、このうち13人(男性6人、女性7人)について北朝鮮側も拉致を認めた。1960年代から1970年代にかけて、北朝鮮は主に韓国に対する諜報活動・テロ活動を活発化させていた。その際に日本人になりすまして入国するなどの手口が有効であると考え、自国の工作員に対する日本語や日本文化に対する教育係として、複数の日本人を拉致、もしくは誘拐した。 拉致被害者は日本語教師などとして不自由な生活を強いられ、監視された暮らしを余儀なくされたが、餓死する子供が多発している北朝鮮の一般庶民の現状よりも優遇された生活であったとも言われる。 しかし、最近の報道では拉致が日朝間で政治問題化した1990年代以降は、1km²程度の隔離エリアに住まわされ北朝鮮一般市民との接触も遮断された生活だったという。
拉致被害者
日本政府が認定した拉致被害者は次の15人(肩書・年齢は当時)。 三鷹市役所警備員(男、52歳) - 1977年9月19日、石川県宇出津海岸付近で失踪。 北朝鮮側は入国を否定。 日本側は工作員1人を国際手配。 新潟の中学生(女、13歳) - 1977年11月15日、新潟市で拉致。 北朝鮮側情報では、1986年8月 結婚、1987年9月 長女出産、1993年3月13日 自殺。 遺体は未確認。 東京の飲食店員(女、22歳) - 1978年6月、失踪。 北朝鮮側情報では、本人の「3日程度なら観光がてら行きたい」との意向を受け、1978年6月29日 宮崎市青島海岸から連れ去り、1984年10月 拉致被害者(大阪の中華料理店調理師)と結婚、1986年7月 夫が病死、1986年7月30日 自動車事故で死亡、1995年7月 洪水で遺体流失。 李恩恵の正体と見られるが北朝鮮側は否定。 小浜の大工見習い(男、23歳)、被服店店員(女、23歳) - 1978年7月7日、福井県小浜市で拉致。 2人は1979年11月 結婚、2002年10月 帰国。 2004年5月、残された子ども(2男1女)も「帰国」。 中央大学生(男、20歳)、化粧品会社社員(女、22歳) - 1978年7月31日、新潟県柏崎市で拉致。 2人は1980年5月 結婚、2002年10月 帰国。 2004年5月、残された子ども(1男1女)も「帰国」。 電電公社職員(男、23歳)、鹿児島の事務員(女、24歳) - 1978年8月12日、鹿児島県吹上キャンプ場で拉致。 北朝鮮側情報では、2人は1979年4月 結婚、男は1979年9月4日 海水浴場で溺死、女は1981年8月17日 心臓発作で死亡、1995年7月 洪水で遺体流失。 佐渡の看護婦(女、19歳) - 1978年8月12日、佐渡で拉致。 1980年8月 元米兵と結婚、1983年6月 長女出産、1985年7月 次女出産、2002年10月 帰国。 夫と子ども(2女)は日本行きを拒否していたが、2004年7月9日、インドネシア ジャカルタにて再会し、7月18日 帰国し、夫は東京都内の病院に入院する。 佐渡の看護婦の母(女、46歳) - 1978年8月12日、佐渡で失踪。 北朝鮮側は関与を否定。 京都外国語大学生(男、26歳) - 1980年5月頃、欧州で失踪。北朝鮮側情報では、本人が北朝鮮行きの勧めに応じ、1980年6月 スペイン マドリードから連れ去り、1996年8月23日 自動車事故で死亡、後に洪水で遺体流失するも発見され再火葬。 日本側の法医学的鑑定では、遺骨は別人のもの。 日本大学生(男、22歳) - 1980年5月頃、欧州で失踪。 北朝鮮側情報では、本人が北朝鮮行きの勧めに応じ、1980年6月 スペイン マドリードから連れ去り、1985年12月 拉致被害者(神戸外国語大学生)と結婚、1986年 長女誕生、1988年11月4日 ガス中毒で一家全員死亡、1995年8月 洪水で遺体流失。 大阪の中華料理店調理師(男、43歳) - 1980年6月中旬、宮崎県で失踪。 北朝鮮側情報では、本人の金儲けと歯科治療の意向を受け、1980年6月17日 宮崎市青島海岸から連れ去り、1984年10月 拉致被害者(東京の飲食店員)と結婚、1986年7月19日 肝硬変で死亡、1995年7月 洪水で遺体流失。 日本側は工作員・辛光洙を国際手配。 神戸外国語大学生(女、23歳) - 1983年7月頃、欧州で失踪。 北朝鮮側情報では、本人が北朝鮮行きの勧めに応じ、1983年7月 欧州から連れ去り、1985年12月 拉致被害者(日本大学生)と結婚、1986年 長女出産、1988年11月4日 ガス中毒で一家全員死亡、1995年8月 洪水で遺体流失。 日本側は赤軍派よど号グループ一員の1人を国際手配。
拉致の手口
拉致の手口には、以下のような手口が知られている。 海外にいる日本人にアルバイトだとして、北朝鮮に入国させる。 新潟県などの日本海沿岸や鹿児島県などの太平洋岸に工作員を密かに上陸させ、付近をたまたま通りがかった若者などを暴力を用いて拉致する。 日本国内に潜入している工作員が目ぼしいターゲットを決めて接近し、言葉巧みに誘い出し、誘拐する。
拉致実行の指令
平壌放送(AM657Khz)内の乱数放送で指令があったとの説が有力。(乱数放送は2000年に廃止) また、平壌放送以外でも北朝鮮の国営放送内で、選曲の順番などで工作員に指令を送ったりもしていたと考えられる。
日本国内の対応
被害者の家族などが政府に申し出るも、国交がないなどの理由で具体的な対応が2002年以前は無かった。 社会党、社民党は「拉致は無実」、「拉致疑惑は日本が食糧支援を渋るための口実で捏造」と否定してきた。
被害者家族組織・支援団体
北朝鮮による拉致被害者家族連絡会(家族会) - 代表・拉致被害者の父、事務局長・拉致被害者の兄、事務局次長・増元照明(拉致被害者の弟)。 1997年3月 結成。 北朝鮮に拉致された日本人を早期に救出するために行動する議員連盟(拉致議連) - 会長・平沼赳夫。 救う会 北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会(救う会全国協議会) - 会長・佐藤勝巳、常任副会長・西岡力、事務局長・平田隆太郎。 横田めぐみさん等被拉致日本人救出新潟の会(救う会新潟) 小島派 - 会長・小島晴則、副会長・大関芳子。 馬場派 - 会長・馬場吉衛。 曽我さん母娘を救う会 - 会長・菊地廣至、事務局長・臼木優。 R-NET ブルーリボン運動推進本部 - 代表・上野健太郎。
北朝鮮の対応
日朝平壌宣言以前は「拉致は無い」と主張。
2002年日朝首脳会談とその後の動向
2002年9月17日、首相・小泉純一郎が北朝鮮を訪問して国防委員長・金正日と会談した。 その席で北朝鮮側は、日本人拉致問題の存在と拉致に関与したと考えられる武装工作船の北朝鮮国家組織による関与を初めて認め、謝罪し、13人の拉致被害者に関する安否情報を公開した。北朝鮮側は日朝平壌宣言は同時進行すべきだと主張しており、北朝鮮への経済援助も平行して行うことを要求している。
5人の帰国
その後の交渉で、北朝鮮が生存していたとした5人の拉致被害生存者については、一時帰国を条件に2002年10月15日に帰国が実現し、家族との感動的な対面、里帰りを果たした。 一方、日本政府は、世論や拉致被害者家族会の要望などにより、一時帰国した被害者を「北朝鮮へ帰す」ことを拒否し、5人の家族の帰国も要求する方針をとった。その結果北朝鮮側は日本政府に対し約束違反だと主張する。
帰国した拉致被害者
小浜の大工見習い(拉致時)と被服店店員(同)の夫妻 中央大学生(同)と化粧品会社社員(同)の夫妻 佐渡の看護婦(同)
拉致被害者家族の帰国
2004年5月22日、首相・小泉は2度目の平壌訪問、北朝鮮側との会談を行い、22日中に2夫妻の子供たちが日本へ「帰国」した。 また、残る1人は夫が脱走・亡命した元米兵である関係もあり、2004年7月9日にインドネシア ジャカルタで家族と再会した。しかしその後、夫が北朝鮮で受けた腹部手術の跡が化膿し、さらに体調の不調をうったえた。そこで夫を日本の病院で治療を受けさせるため7月18日、家族とともに日本に帰国した。
現在
北朝鮮側は拉致被害者を帰国させることを条件に日本の経済援助を期待していると見られ、帰国した拉致被害者の子供を北朝鮮に残したまま一時帰国を条件に返すなど、依然拉致被害者を外交カードに使っている。 2004年5月現在、被害者5人とその子どもたち計10人は北朝鮮から帰ってきた。しかし、いまだに残りの被害者の消息は不明のままである。北朝鮮側が提出した11人の拉致被害者に関する情報は不審な点が多く、日本側は完全な調査と可能な限りの原状復帰を要求しているが、北朝鮮側は拉致問題は解決済みとし日本側の要求には全く応じていない。その為現在も政府間交渉が続けられているが依然として膠着状態が続いている。
北朝鮮の最高指導者が拉致に関し謝罪しているにもかかわらず、被害者情報の不審点や全容解明には応じないなど北朝鮮政府の対応はとても誠意ある対応とはいえず、拉致被害者家族会は国連に対してもこの問題に対する協力を要請している。
来日したアナン国連事務総長は、2004年2月24日の国会演説で、この問題にも言及し、完全解決を希望し、関係者に同情する旨、述べている。class="external" target="_blank">[1
その他の失踪者
この他、数百人の失踪者について、「特定失踪者問題調査会」が「特定失踪者」として情報収集を行っている。 その中には、自発的に家族と縁を切って日本のどこかで暮らしている者、自殺など何らかの理由で拉致とは無関係に死亡していた者、全く別の誘拐事件の被害に遭った者など、拉致被害者ではないと確認された者がいる一方、 誰かによると 拉致された可能性が濃厚なケースもあり、「救う会」は日本政府認定の15人に加えて8人を拉致被害者と認定している。 これらの失踪者について、拉致被害者の1人は見覚えがないという。
その他の失踪者に関する団体
特定失踪者問題調査会 - 代表・荒木和博。
参考文献
弟と私 誰にも言えなかった修羅/蓮池透,「文藝春秋」2003年1月号 奪還 引き裂かれた二十四年/蓮池透,新潮社
関連項目
救う会
外部リンク
北朝鮮による日本人拉致問題に関する概略及び経緯(外務省) 『朝日新聞』 北朝鮮拉致事件特集ページ 『毎日新聞』 北朝鮮拉致事件特集ページ 『産経新聞』 北朝鮮拉致関連記事一覧 『國民新聞』 邦人拉致問題関連記事索引
Innocents Lost: North Korean abductions of Japanese Citizens (機械翻訳で英文サイトが英和対訳で読めるリンク集)