憲法改正論議
日本国憲法は1947年に施行されて以来、50年以上一度も改正されていないが、その間にさまざまな憲法改正論議(けんぽうかいせいろんぎ)が行われている。現在は主に憲法第9条に関する改正論議が盛んである。この動きを「国民の間からわき起こってきたのではなく、自衛隊海外派遣問題を中心に、日本の支配者階級の政治的なもくろみからの発想である」とする主張があるが、国民の間には改正に反対する声のみならず、支持する声もまた根強い。各種の世論調査では概ね60%前後の国民が改憲に好意的な立場をとっている。
論議点
憲法第9条、自衛隊に関する論議
保守勢力の自民党のうち合併前の旧民主党に近い勢力は自衛隊を法理論的にも合法なものにするために、第9条に対する改憲論議を行ってきた。しかし、旧自由党に近い勢力は現状維持をもとめ改憲には反対であった。 革新勢力の社会党などは当初は「日本に社会主義社会を確立する」と社会主義的改憲を主張したが、後に護憲を方針を転換し、改憲論議自体も反対してきた。1990年代には、「国際貢献」という言葉が自衛隊の海外派遣を後押ししていた。 改憲論議よりも、2004年のはじめには、イラクへ人道支援の名目の元に自衛隊を派遣して、既成事実づくりを始めた。
憲法制定後に登場した新しい人権に関する論議
以下の新しい人権については、憲法に明文はない。新しい人権は、現在、憲法13条の幸福追求権によって保障されていると解されているが、拡大解釈及び国家権力によって縮小解釈さえる恐れがあるため、憲法に明記するべきという説が有力に唱えられている。なお、この中にはまだ権利として確定していないものも含まれている。プライバシー権(肖像権を含む)、知る権利、環境権(日照権、通風権、眺望権、嫌煙権など)をはじめとするいわゆる社会権。
首相公選制に関する論議
内閣総理大臣を直接選挙で選べるようにしようという首相公選制の主張も従来から行われている。 憲法に総理大臣の選び方が明記されている以上、首相公選制を実現するためには憲法改正が必要となるだろう。
天皇の地位に関する論議
天皇制度の存廃問題。象徴天皇制度の意義など。日本国を立憲君主国と見る立場からアプローチすると天皇を名実ともに国家の元首と明記するべきだという意見が有力に唱えられている。また政府及び全ての諸外国では日本国を立憲君主国と考えており、世界45番目の君主国に数えられている事実をあげて、外国大公使の親授式も天皇の国事行為として明記するべきとする説もある。
逆に日本の政体を共和国制とする説(憲法学界の多数説)からでは、首相を元首と明記するべきと意見と、元首は不在なので明記するべきではないとする説、また究極的には国民主権原理を徹底するために天皇を処刑するべきという過激な意見など、諸説が分かれている。
両院制に関する論議
両議院の構成と役割を大きく異なるものにするか、参議院の権限縮小・廃止により一院制を採用するか。
歴史
改憲議論も当初は押し付け憲法論や復古的改憲論が保守勢力によって主張されたが、社会党などの猛反対により議論する事自体もタブー視された。 しかしながら、近年では社会党に替わって野党第一党となった民主党によって論議すること自体がタブーであった改憲論議も議題に乗せる姿勢に替わってきている。 世論調査でも改憲には60%前後の支持があり、そのような国民の意識的変化により、2004年のはじめには、自民党・公明党・民主党などの各党憲法調査会が結成され、改憲論議をはじめた。 1955年、重光外相が米国国務大臣ダレスと会談。重光外相は日米安全保障条約は不公平だと言うと、ダレス国務大臣は我々こそ日米安保条約は不平等だと感じている、と発言。日米安保条約の現状は双務的ではなく、公平にするなら日本は海外派兵と遠征能力を持った再軍備、軍事力強化をして貰いたいとダレス国務大臣。重光外相は憲法上無理だとあやふやな答弁を行い、アメリカ政府とアメリカメディア側が「日本は海外派兵を受諾。」「米日合同で太平洋防衛を負担。」と誤解し、大きな国際問題となる。 だが同時に、日米関係の対等化には日本の軍備強化が必要だと言う認識も強まる。 1957年、内閣に憲法調査会を設置。1965年廃止。 1977年、当時まだ毛沢東イズムが支配的である中国のトウ小平副首相が日本の日米安保とアメリカの核の傘の下で行う日本の軍備強化に理解を示した。トウ小平副首相の現実的発言を恐れて社会党が前持って軍事関連の発言を避けてくれと中国に申し入れたが聞き入れて貰えず、諸外国からも日米安保と軍備強化は受け入れられているとの印象を日本国民にもたらし、日本の安全保障観を大きく変えた。 2000年、両議院に憲法調査会を設置。 2002年11月、衆議院憲法調査会(中山太郎会長)「中間報告」発表。