This article at Wikipedia

杜甫

杜甫とほ712年 - 770年、先天元年 - 大歴五年)は、中国|盛唐詩人子美杜少陵杜工部とも。詩人としての最高位の呼称である『詩聖』と後世の人は呼んでおり、李白と並び称される。律詩の表現を大成させた人物でもある。

杜甫と松尾芭蕉

日本文学への影響は漢詩以外のジャンルにも大きく、特に松尾芭蕉は杜甫に傾倒していた。『花屋日記』によると、芭蕉の遺品に『杜子美詩集』があったとされており、生涯を通して杜甫を尊敬していたことがうかがえる。『奥の細道』の冒頭にも杜甫の人生である道中で息を引き取りたいと、述べている。また、同文の有名な一節である

さても義臣すぐつてこの城にこもり、功名一時のくさむらとなる。国破れて山河あり、城春にして草青みたりと、笠うち敷きて時の移るまで涙を落としはべりぬ。

夏草や 兵どもが 夢の跡

は、『春望』を引用していることが窺える。だがこの詩の観点はどことなく相違が見える。杜甫は牢獄の最中に作った詩であることにより、人の営みが今滅ぼされていくを述べているが、芭蕉は滅んでしまった後であることから日本独自の無常観がみうけられる。

略歴

西暦年号出来事
712年先天元年の河南鞏県で生まれる。父は杜閑、母は崔氏。
718年開元六年初めて詩文を作成する。
720年開元八年初めて大字を習う。
725年開元十三年洛陽で文人の仲間入りを果たす。
730年開元十八年斉に滞在する。
731年 - 734年開元十九年 - 二十二年呉、越に滞在する
735年開元二十三年呉、越から洛陽にかえってきて、科挙の進士を受験したが不合格。
736年 - 740年開元二十四年 - 二十八年斉、趙に滞在する。
737年開元二十九年洛陽に帰り、陸渾荘を造りそこに滞在する。
744年天宝三年洛陽で李白と会う。
745年天宝四年斉に滞在する。そこで又李白と会い、友好を結ぶがこれが最後の再開になる。
747年天宝六年長安で一芸に通じる者のための試験が行われたが、不合格。
750年天宝八年息子の杜宗文が生まれる。
751年天宝十年玄宗に『三大礼賦』を奉献する。
753年天宝十二年次男の杜宗武が生まれる。
754年天宝十三年高官に詩をあげてしきりに士官しようとする。
755年天宝十四年河西の尉に任じられるが断る。なので右衛率府の胄曹参軍になる。
756年至徳元年安禄山により長安が壊滅する。杜甫は脱出し霊武で粛宗が即位すると聞いたので行在所に向かう途中、賊に捕まり幽閉される。
757年至徳二年何とか脱獄して、粛宗から左拾遺の位を授かる。
758年乾元元年房カンを弁護したことにより粛宗に嫌われ、華州に左遷される。
759年乾元二年官を捨てて、秦州に赴く。同谷に移るがこのころ相当の貧乏であったため、どんぐりや山芋など食いつないで飢えを凌いでいた。蜀道の険を越えて成都に赴く。
760年上元元年成都で、草堂を建てる。
765年永泰元年成都を去り長江を下る。
770年宝亀元年襄陽を通り洛陽へ行き長安に帰ろうとしたが、相江の舟の中で客死する。

詩の特徴

杜甫の人生からわかるように、彼はその当時の詩人達の大半が思うように仕官して政治を行いたいという願望をもっていたが、それがかなわない夢と終わってしまったことにより、少しでも社会を良くしようと思う気持ちが詩に大きく影響している。

杜甫の詩の特徴としては社会の現状を直視したリアリズム的な歌を作詩しており、同時代の親友でもあり、幻想的で明るい歌を作詩する李白とはある意味反対の詩風を持っていた。

安史の乱により、世の中が崩壊していくのをまざまざと体験した頃の杜甫は悲しみに満ち詩を作詩している。この頃の代表歌なのが『春望』である。安史の乱が一通り治まると今度は地方に左遷されたうえに飢饉による飢えにより一層悲しみを越えた絶望感が詩から伝わってくる。

晩年は成都付近で幸福な人生を迎えた杜甫はそれまでの悲しみや絶望感からでてきた詩ではなく、この地方の穏やかな自然に影響されてか自然に対する穏やかな思いを歌った詩を作詩するようになった。

最晩年(成都を出てから)の杜甫は、安史の乱以降の悲しみと成都以降の自然の穏やかさを歌った詩を合わせ持った詩の中に人間に対する愛が感じられる。

著名な作品

春望
原文 書き下し文
國破山河在 国破れて山河在り 長安は崩壊してしまったが、山や河は変わらず、
城春草木深 城春にして草木深し 城内(長安)では春が訪れ草木が青く茂っている。
感時花濺涙 時に感じては花にも涙を濺ぎ 時世の悲しみを感じては花を見ても涙がこぼれおち、
恨別鳥驚心 別れを恨んで鳥にも心を驚かす 家族との別れを恨んでは鳥の鳴き声にすら心を痛ませる。
烽火連三月 烽火 三月に連なり 三ヶ月が経ってものろし火(戦火)は消えることはなく、
家書抵萬金 家書 万金に抵る 家族からの手紙は万金にも値する。
白頭掻更短 白頭掻けば更に短く 白い頭を掻けば掻くほど抜け落ち、
渾欲不勝簪 渾て簪に勝えざらんと欲す まったくかんざしをさすのもたえかねそうだ。

三月という説もあり、はっきりとしたことは不明

関連項目

中国文学詩人一覧



This article is from Wikipedia, the Free Encyclopedia. All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.


社会 • 社会政治経済産業交通教育歴史福祉医療環境環境問題市民活動平和軍事 • 芸術と文化 • 芸術文化言語宗教遊び趣味伝統芸能文学音楽美術演劇映画アニメ漫画建築スポーツゲームギャンブル食文化ファッションマスメディア出版新聞放送テレビラジオ • 世界 • 世界アジアアフリカオセアニア北アメリカ南アメリカヨーロッパ • 日本 • 日本北海道東北関東中部近畿中国四国九州沖縄 • 学問 • 学問文学哲学倫理学心理学社会学法学経済学数学物理学化学生物学地球科学医学工学 • 自然 • 自然宇宙元素気象災害海洋生物植物動物鉱物 • 技術 • 技術コンピュータネットワークエレクトロニクスバイオテクノロジー • 資料 • 索引年表365日地図世界各国関係記事人名一覧一覧の一覧