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法然

法然ほうねん、長承2年4月7日(新暦 1133年5月13日) - 建暦2年1月25日(新暦 1212年2月29日))は平安時代末期から鎌倉時代初期の日本の僧侶で、浄土宗の開祖。法然は房号で、源空(げんくう)という。

法然の大師号は現在「円光・東漸・慧成・弘覚・慈教・明照・和順」大師としており、五十年ごとに今上天皇陛下より名を頂戴する。

岡山県美作国久米)の押領使、漆間(うるま)時国の子として生まれる。幼名は勢至丸。

9歳のとき、夜討によって父を失うが、その際の遺言によってあだ討ちを断念する。15歳の時に比叡山の皇円について得度。比叡山黒谷の叡空に師事して法然房源空と名のる。承安5年(1175年)43歳の時、善導の『観経疏』によって専修念仏に進み、比叡山を下りて東山吉水に住み、念仏の教えを弘めた。この1175年を浄土宗の立教開宗の年とする。

文治2年(1186年)大原勝林院で聖浄二門を論じ(大原問答)、建久9年(1198年)『選択集』を著した。元久元年(1204年)比叡山の僧徒は専修念仏の停止を迫って蜂起したので、法然は「七箇条制誡」を草して門弟190名の署名を添え延暦寺に送ったが、興福寺の奏状により念仏停止の断が下され、のち建永2年(承元元年・1207年)法然は土佐(実際には讃岐)に流罪となった。4年後の建暦元年(1211年)赦免になり帰京し、翌年1月25日に死亡。

著作

• 黒谷上人語灯録(和語・漢語) • 西方指南抄 • 選択集(具名 選択本願念仏集)



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