洗礼
洗礼(せんれい)は、キリスト教の入信儀式。ギリシア語バプティスマの訳語。福音書にその根拠をもつと言われる。ほとんどの教会では、洗礼を秘跡(または機密、あるいは聖礼典、ギリシア語ミュステリオン)と認める。教派によっては洗礼といわずギリシア語の音訳であるバプテスマの語を用いる(原語には「洗う」という意味はないという主張から)。
洗礼を通してキリストの贖罪の功績に与ることにより、原罪および、それまでに犯したすべての自罪が赦されるとされている。教派により、自らの意思で教義を判断するに足るとされる年齢のものにのみ洗礼を施す教会と、乳幼児にも洗礼を施す教会に分かれる。前者を成人洗礼、後者を幼児洗礼という。プロテスタントの一部教派は成人洗礼のみを執行する。幼児洗礼を行いつつも、成長した後に自らの意思で信仰を言い表すまでは幼児洗礼者を成人洗礼者と区別する教派も多い。
洗礼によってすべての罪が赦されるため、古代には洗礼後に罪を犯すことを嫌い(あるいは逆にキリスト教徒としての清い生活を求められることを避けるため)、死の直前に洗礼を受ける信者が多かったが、古代末期から中世にかけて、魂に保護が与えられることを望み、幼児のうちから洗礼を施す習慣が出来た。中世の西方教会(ローマ・カトリック)では生後すぐ、東方正教会では産後40日を経てから洗礼が行われる。洗礼の際、聖人または天使の名をもって命名が行われる事がある。この名を洗礼名、聖名(せいな)などと呼ぶ。
執行者は一般に司祭・牧師などの聖職者・教職者であるが、洗礼はキリスト教徒となる重要な儀式であるため、洗礼に限って一般信徒にも他者にこれを執り行うことを認めている教派がある。ただしその場合も、被洗礼者が重篤であるなどの特殊な場合に限られる。これを特に緊急洗礼ともいう。
一般に、各教会は、教派が異なる教会の洗礼も一定の条件で有効であると認める。逆にいえばある教派の洗礼がまったく別の教会で認められないとき、後者は前者をキリスト教会として認めないということである。
なおまれに洗礼を行わないキリスト教教派も存在する(救世軍、無教会など)。
執行の方式
教派によって執行形態に違いがあり、大きく浸水(全身を水に浸す)と潅水(頭部のみ水に触れる)に分かれる。潅水はさらに二つの形式に別れ、それぞれを浸礼・潅水礼(頭部に水を注ぐ、写真)・滴礼(手を濡らし、頭に押し付けて水に沈める所作を真似る)と呼ぶ。両方を認める教会とそうでない教会がある。この相違は、主に新約聖書における洗礼の記事の解釈の相違および洗礼の象徴的意義の神学的解釈に基づく。イエス・キリストが受洗者ヨハネに受けた洗礼方式の踏襲を強く主張する教会としてはバプテスト教会、洗礼の意義を浸水に大きく見出す教会としては東方正教会が挙げられる(ただし後者においては潅水もしばしば行われる)。なお浸礼のみを有効と認める教会では、滴礼方式での洗礼の有効性を認めず、改宗の際には新たに浸礼を受けることを要求することがある。