源義家
源義家(みなもとのよしいえ、長暦3年(1039年) - 嘉承元年7月4日(1106年8月4日))は平安時代の河内源氏の棟梁。鎮守府将軍源頼義の長男で、河内国壷井(現・大阪府羽曳野市壷井)に生まれる。通称・八幡太郎。父・頼義に従い前九年の役で奥州安倍氏を平定。1083年鎮守府将軍となり、清原氏の内紛である後三年の役が起こるとこれも平定するが、朝廷には乱を私闘とみなされ、私財で将士をねぎらい武家の棟梁としての信望を高めたといわれる。
墓は、河内源氏の本拠地だった大阪府羽曳野市壷井に楼門だけが残る源氏の氏寺の通宝寺跡近くに、祖父の頼信、父の頼義と供にある。