生長の家
生長の家(せいちょうのいえ)は神道系の新興宗教団体。公称信者数は212万人(2000年12月31日現在)。本部は東京都渋谷区神宮前。総本山の龍宮住吉本宮が 長崎県西彼杵郡西彼町・別格本山が京都府宇治市に夫々ある。
歴史
創設者の谷口雅春は、早稲田大学中退後、紡績会社勤務を経て大本教に入信。文筆の才を買われて機関紙の編集主幹などを歴任するも、1921年の第一次大本教弾圧事件で教団を離れる。
その後、同じく大本を離れた浅野和三郎が主宰する『心霊科学研究会』で活動し、同じ頃に当時アメリカで隆盛を極めていたニューソートの著作に触れる機会を得、影響を受ける。1930年3月1日に自費で雑誌『生長の家』を創刊(生長の家ではこの日を以って「創立記念日」としている)。「善一元」「万教帰一」の主張を雑誌で発表して、多くの購読者を獲得していく。雑誌に発表された谷口雅春の論文は1932年に『生命の實相』としてまとめられ、1935年には購読者を組織して教化団体『生長の家』を創設する。その後、戦時色が濃くなっていくと積極的に戦争推進の立場を明らかにし、「皇軍必勝」の短冊を出征する兵士に贈るなどしている。
終戦直後は一時沈黙を守ったが、1949年に『生長の家教団』として宗教法人格を得る。その後は、妊娠中絶に反対するなど宗教の分野以外でも積極的に活動する様になり、特に憲法改正や靖国神社国家護持などを主張したことから、自民党の中でもタカ派の政治家との繋がりを密接に持ち、各種選挙で精力的に応援したり国会議員を送り出したりもした。また、学生運動高揚時には『生長の家学生連合』なる学生組織を立ち上げ、其処から鈴木邦男など、新右翼や民族派の有力な活動家が巣立っていった。
1985年6月17日に谷口雅春が死去し娘婿の谷口清超が後任の総裁になると、政治活動からは手を引き専ら教化面での活動に専念するようになる。最近では「国際平和信仰運動」を主導すると共に、教義面でも国粋主義的な側面を再検討するなどしており、教団内に軋轢を生んでいる。
教義
生長の家の教義は「神性人間観」「日本国実相顕現」の2つを根底とする。
「神性人間観」は、人間は全て神の子であり且つ善であると言う「善一元」の考えであり、実相──人間本来の姿は無限の生命・無限の愛・無限の知恵を持つ永久不滅の存在であると言う人間観である。その実相の顕現として天皇制を捉えるのが「日本国実相顕現」であり、これが教団の一連の右翼的な言動の背景となっている。
参考文献
谷口雅春 『生長の家とは如何なるものか』 (教祖直筆の入門書) ISBN 453105038X 清水雅人編 『新宗教の世界 5』 (宗教学者の目から) ISBN 4804352058 鈴木宗憲 「安保闘争への思想と行動-生長の家=谷口雅春」 『五大教祖の実像』 八雲井書院、1970。
外部リンク
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