神聖ローマ帝国
神聖ローマ帝国 (しんせいろーまていこく, Heiliges Römisches Reich 962年 - 1806年) は、中世にドイツを中心に存在していた政体。11世紀ころまでは(西)ローマ帝国、12世紀ごろには神聖帝国、13世紀以降には神聖ローマ帝国と称された。16世紀にはHeiliges Römisches Reich Deutscher Nation(ドイツ国民の神聖ローマ帝国、ドイツ民族の神聖ローマ帝国などと訳す)と称すようになった(ラテン名はSacrum Imperium Romano-Germanicum。つまり、ライヒ(Reich)とは、インペリウム(imperium)に対応する概念である)。
歴史
略史
962年オットー1世(大帝)がローマ教皇ヨハネス12世により、古代ローマ帝国の継承者として皇帝に戴冠したときから始まる。もともとゲルマン部族時代からの選挙王制だったため、当初から帝権は弱体で、封建領主の連合体という側面が強かった。その上歴代皇帝は、「ローマ帝国」という名目の為にイタリアの支配権を唱え、度々侵攻した(イタリア政策)。このためドイツでの帝権強化にまで手が回らず、他国に比べ中央集権化が遅れた。
1254年にホーエンシュタウフェン朝が断絶すると、20年近くも皇帝が選ばれもしない事態(大空位時代)となり、帝国としての実体をまったく成さない状態となった。14世紀のカール4世 (在位;1347年 - 1378年)による金印勅書以降、皇帝は有力な7人の封建領主(選帝侯)による選挙で選ばれるようになり、後にはオーストリア大公家ハプスブルク家が事実上世襲するようになった。この間にドイツ語圏以外の帝国領はほとんど失われ(ボヘミアは例外)、16世紀には、国号も「ドイツ国民の神聖ローマ帝国」という、もはや「ローマ帝国」としての意味をまるで成していないものとなった。
17世紀に起きた内戦、三十年戦争により国内は荒廃し、1648年のヴェストファーレン条約(ウェストファリア条約)によって封建領主の独立主権が認められ、帝国は全く名目だけの存在となり、「神聖ではないし、ローマ的でもない。それどころか帝国ですらない」と皮肉られることすらあった。
19世紀初頭にナポレオン・ボナパルトの侵攻を受けると、皇帝フランツ2世は退位し、帝国は完全に解体されて終焉を迎えた。
ドイツ帝国
1871年にドイツが国民国家のドイツ帝国として統一されたのち、神聖ローマ帝国はドイツに成立した最初の帝国として知られるようになった。その後ナチスは、過去の栄光と自らを結びつけるため、ドイツ帝国を第二帝国として数え、自らの国家をドイツ第三帝国と称するようになった。
神聖ローマ皇帝・ドイツ国王一覧
ザクセン朝
オットー1世 (962年 - 973年) オットー2世 (973年 - 983年) オットー3世 (996年 - 1002年) ハインリヒ2世(1014年 - 1024年)
ザリエル朝
コンラート2世 (1027年 - 1039年) ハインリヒ3世 (1039年 - 1056年) ハインリヒ4世 (1084年 - 1106年) ハインリヒ5世 (1106年 - 1125年)
ホーエンシュタウフェン朝
コンラート3世 (1138年 - 1152年) フリードリヒ1世 (1152年、1155年 - 1190年) ハインリヒ6世 (1190年 - 1197年) フィリップ (1198年 - 1208年) オットー4世 (1198年 - 1215年) フリードリヒ2世 (1215年 - 1250年) コンラート4世 (1250年 - 1254年)
ナッサウ朝
アドルフ (1292年 - 1298年)
ルクセンブルク朝
ハインリヒ7世 (1308年) - 1313年) カール4世 (1347年 - 1378年) ヴェンツェル (1378年 - 1400年) ジギスムント (1410年 - 1437年)
バイエルン朝
ルートヴィヒ (1314年 - 1347年)
プファルツ朝
ループレヒト (1400年 - 1410年)
ハプスブルク朝
詳細はハプスブルク家を参照。 ルドルフ1世 (1273年 - 1291年) アルブレヒト1世 (1298年 - 1308年) フリードリヒ3世(美王) (1314年 - 1330年) アルブレヒト2世 (1438年 - 1439年) フリードリヒ3世 (1440年 - 1493年) マクシミリアン1世 (1493年 - 1519年) カール5世 (1519年 - 1556年) フェルディナント1世 (1556年 - 1564年) マクシミリアン2世 (1564年 - 1576年) ルドルフ2世 (1576年 - 1612年) マティーアス (1612年 - 1619年) フェルディナント2世 (1619年 - 1637年) フェルディナント3世 (1637年 - 1657年) レオポルト1世 (1658年 - 1705年) ヨーゼフ1世 (1705年 - 1711年) カール6世 (1711年 - 1740年)
バイエルン朝?
カール7世 (1742年 - 1745年)
ハプスブルク・ロートリンゲン朝
フランツ1世 (1745年 - 1765年) ヨーゼフ2世 (1765年 - 1790年) レオポルト2世 (1790年 - 1792年) フランツ2世 (1792年 - 1806年)
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