隠れキリシタン
豊臣秀吉によるキリシタン禁止令の後、仏教を信奉するように装いながら、キリスト教信仰を保った信者を隠れキリシタンと呼ぶ。禁教の時代において潜伏した信徒達は、仏教徒として振舞いながら、ひそかに祈祷文「オラショ」を唱えた。また、メダイやロザリオ、聖像聖画、クルス(十字架)などの聖具を秘蔵し、生まれる子に洗礼を授けるなどして信仰を守った。幕末の開国後、長崎の大浦天主堂を浦上在住の信者が訪ねてきたことから、その存在が知られるようになった。キリスト教はいまだ禁教であったため、存在を再認識された信者は大規模な弾圧にあった。このような状態は明治政府によるキリスト教解禁まで続いた。
隠れキリシタンの多くは、再宣教の為に来日したパリ外国宣教会によって、祖先の信仰したローマ・カトリックに復帰したが、長崎県などには、いまだに復帰せず,
江戸時代のままの土俗化した信仰を保有しているキリシタンも存在する。
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