聖人
キリスト教
新約聖書では、聖人(せいじん)ということばが、かれらの教会の歴史にとっての重要さに拘わらず、生きたキリスト教の信者にも死者を記述するのにも使用されている。パウロの手紙の多くは「すべての聖人たちに」、時どき「年長者とともに」と宛てられている。たとえばエペソ人への手紙は「エペソの聖人に」で始まる。このことばは近世に成長し、より大きい含蓄をもった。現代、世俗的な使用法では単に完全か非常に敬虔な人に当てはめられる。カトリック教会および東方正教会では、聖人はキリスト教会によって列聖(公式に確認)された特別な人である。これは、ローマカトリックでは神聖な人が死を免れない罪に生きているぎりぎりのところで転ぶかもしれないので、死の後でしかおこなわれない。
東方正教会信仰の場合は、さらに急ぐのを避け、その人の人生の反響が覚めるのに十分な時間を割り当てる場合が多い。稀に生きたまま列聖されることもある。
イギリスの多くのプロテスタント教会では、クリスチャンであるだれでもを示すのにこの単語が一般に使用されている。
聖人は、神に祈ることによって、信者の要求に従って、神と人間の媒介として機能できると考えられている。ある人が生きている間に聖人であると広く知られるけれども、教会によってそう認定されない。単語「聖人」は、ラテン系の単語の"sanctus"から来る。少数の英語を話す正教会信者は「聖人」よりもむしろ「聖なる」を使用するのを好み、または2つのことばを交換可能に使用し、従ってたとえば、St.ペトロを「神聖なペトロ」か「神聖な使徒ペトロ」として使う。ほとんどの他の欧米の言語では、「聖人」のための単語はギリシャ語の"hagios"のような文字通り翻訳された「神聖」 、イタリア語やスペイン語の"santo"、フランス語の聖人または"sacre"、等である。英語での関連語は「神聖にすること」を意味する"sanctify"である。そう広い意味で「聖人」はまた、信者全員を意味できる。
参照
聖人の一覧 (整備中) 聖人暦 (未整備) 列聖 守護聖人仏教
日本の仏教宗派の一部の宗祖に対する敬称として、一般的な上人ではなく、聖人(しょうにん)という敬称を付する場合がある。- 一般的に「聖人」という敬称で呼ばれる仏教者。
儒学
中国の儒学における聖人とは、過去の偉大な統治者を指す。政治指導者としてだけではなく、道徳の体現者としても理想とされる人物である。もっとも理想の聖人とされるのは、堯と舜、二人の聖天子である。続く「三代」と言われる時代の統治者、すなわち夏王朝の創業者である禹、殷王朝の創業者である湯王、周王朝の創業者である武王もまた聖人として位置づけられ、堯と舜をあわせて「堯舜三代」と呼ばれる。
また、周王朝の創業に力を尽くした周公旦、儒学の大成者である孔子もまた、聖人として位置づけられている。
孟子は、聖人ではないが、それに次ぐ存在であるとして「亜聖」と呼ばれる。
日本思想史における「聖人」論
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