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S500

ホンダ S500 とは、かつて本田技研工業(ホンダ)が生産した小型のスポーツカーであり、1963年の10月から12月にかけて販売された。

1962年10月の全日本自動車ショーにはS360とS500が展示され2台とも”来春発売”と発表されたが、S360は早期に断念されS500のみが発売された。発売価格は45.9万円(価格は63年6月16日の新聞紙面で価格クイズとして市場調査され応募数の最も多かった48.5万円を3万円ほど下回って設定された)後のS600やS800に設定されていたクーペはS500には無かった。

生産状況

生産、販売期間が極めて短いのは後継車であるS600が、1964年1月に発売されたからである。 ただ実際のデリバリーはS500が64年1月、S600月が同年3月からのようである。

総生産台数の正確な資料は無いようだが500台前後が国内登録されたようである。輸出はされなかったが、テストとカタログ撮影を兼ねて2台の左ハンドル仕様が米国に渡った。そのテスト結果が、その後のS800の輸出時に生かされたと考えられる。その内の1台はエンジンを600cc用に換装されてメキシコに現存する。英国や米国で登録されている車両は全て日本より国内仕様を持ち出された物。

メカニズム

2輪メーカーから出発したホンダらしく随所にその特徴が見て取れる。ファイナルドライブにはチェーンが用いられリヤ・サスペンションはアルミ・ダイキャスト製のチェーンケースを使うトレーリング・アーム式を採用した。これは本田宗一郎のアイデアで、後輪のところに車軸が無くガソリンタンクを前進して搭載でき安全性とより大きなトランクスペースをもたらした。尚この方式はS800の前期型まで継続された。

エンジンはDOHC機構を持ち、直列4気筒の531ccから最大出力44ps、最高8000回転毎分を搾り出していた。

デザイン

デザインは社内で森泰助が担当。(但し本田宗一郎が大幅に手直ししたとされ実質的には共同作業と呼べるかもしれない)当時国内には良質な幌が無く英国から輸入したとされる。 



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